2017年5月15日月曜日

近鉄物語② しまかぜ乗車記

 お出迎えのアテンダントに導かれ、そのままステップを上がって車内に入ると、総革張りシートの匂いがぷーんと漂い、私の鼻腔を充たした。おお、豪華列車だ! 綺麗に磨かれた大きな窓からは柔らかな光が差し込み、通路を挟んで左側2列シート、右側単独シートが前方に向かって並んでいる。その先には運転室越しに前方風景が広がっている。
展望車両


 ”最高のおもてなしで、伊勢志摩へ”をコンセプトに平成25年にデビューした観光特急しまかぜは、確かに乗車した瞬間から旅人の心を掴んでくる列車だった。先頭車両の3列目単独シートに腰を降ろすと、身体を包み込むようなプレミアムシートが快い。シートピッチは広く、ふくらはぎを支えるレッグレストや背もたれが電動で動くことは当然のこと、何と驚くべきことに背もたれにエアークッションが装備されていて、腰を揉みほぐしてくれる電動マッサージ付きなのだ。知り合いの新車に乗せて貰って、「ワー、凄いね!」とあれこれ触ってはしゃぎ回る感覚を、電車で味わうのは初めてだ。
 今年はJR東日本が TRAIN SUITE 四季島を、JR西日本がトワイライトエクスプレス瑞風をデビューさせ、すでに人気のJR九州のクルーズトレイン「ななつ星 in 九州」とともに日本列島を豪華列車ブームが席巻する勢いだが、如何せん高倍率と高額運賃の二重苦によって、市井の鉄道愛好家には縁遠いものとなっている。だいいちこれらの列車は、市販の時刻表には掲載すらされいないのだから、お召し列車や団体列車と同じ特別な列車であり、一般人には無関係だ。
 その点しまかぜは、時刻表にもきちんと掲載され、料金も通常の近鉄特急に700円から1,000円のしまかぜ特別車両料金が加わるだけという実にリーズナブルな料金設定なのである。近鉄名古屋から賢島までを近鉄特急を利用して3,480円で行くか、それとも1,000円プラスして4,480円でしまかぜに乗るか。このプラスは絶対のお値打ちである。それだけに人気は高く、現在近鉄名古屋、京都、大阪難波から賢島まで、それぞれ1往復(水曜運休)ずつのため予約は早めにする必要がある。お金のことでいささか品のない話になってしまったが、要は庶民にも手が届く豪華列車だということを強調したかったのである。
 余談だが、JRはこの観光特急を相当意識したのではないかと、私は密かに睨んでいる。今年デビューの両列車の名前の最後の文字をつなぎ合わせてみよ。「島風=しまかぜ」になるではないか。私はこれが偶然だとは思わない。響きの良いことばは誰もが真似したくなるものだからだ。無論、近鉄特急の方は、志摩に吹く爽やかな風がコンセプトであり、オリジナルな命名と言える。JR東日本と西日本は、JR九州の成功を追いかけているので、ネーミングについては枕詞をつけるところから二番煎じを否めない。あまり批判が過ぎると、乗れない僻みだろうと思われそうなので、ここでやめておく。
大阪難波行しまかぜ
大和八木にて (5/13撮影)

 席に着いてしばらくすると,エプロン姿のアテンダントがおしぼりとメニューを持ってやって来た。お楽しみの時間の始まりだ。赤ワインと摘みになりそうなものが数多く詰まった特製幕の内弁当を注文する。
 しまかぜに限らず、線路幅が広い標準軌の近鉄はとにかく揺れが少なく乗り心地が良い。特に特急が頻繁に走る区間の保線状況は抜群で、おそらく日本随一だろうと思われる。その上更に、しまかぜには横揺れ防止装置が搭載され、不快な揺れを抑えている。こうしてワインを楽しみながら流れる風景を眺めるという上質な時間が過ぎていく。
御影石を敷き詰めた
エントランスの床 

 車窓の風景とは、乗る列車によって全く異なるものだ。普段乗り慣れている区間でも、通勤電車から見る景色と特急列車から見る景色とは違って見える。見る角度、見ている高さ、窓の大きさとその透明感、列車の揺れ方、それに同室している乗客達の様子。混んでるか空いてるかでも違ってくる。風景は目だけで見ていると思いがちだが、実は五感すべてを使って感じるものなのである。豪華列車が持て囃されるのも頷ける。

 そんなことを考えているうちに大和八木を過ぎ、両側からは新緑の山々が迫ってくる。長谷寺や室生口大野を過ぎれば、もう三重県に入っている。
展望車両通路からの眺め

 先頭の展望車両の良いところは、運転手気分で迫力の前方車窓が楽しめることだ。ただそれはあくまでも鉄道好きの言い分ではないかと思う。前方風景というのは案外に無個性なものだと、長年見続けて感じるようになった。線路や信号、標識。それにトンネルや鉄橋の形はよく分かるのだが、そればっかりが気に掛かって、どのような土地にどのような人が住み、どのような田畑があったのかなどということは全く印象に残らない。鉄道の施設はどこも似たようなものだから、結局何に乗っても同じということになる。それに対して、側面の車窓からは屋根瓦の違いや田畑の作物の種類や生育状況などその土地の人々の暮らしぶりが目に飛び込んでくる。遠くの山を眺めるのにも都合が良い。これが実に面白い。今回坐ったシートは、前方と側面の両方が見渡せるスペシャルシートだった。前方からは乗ってみたい近鉄特急が迫り、側面には新緑の伊勢地方が満喫出来るというわけだ。
しまかぜは6両編成。展望車に乗れ
なくても、カフェ車両(後方ブルー
の3号車)に行けばよい。    

 布引山地を青山トンネルで抜けると、川の流れが逆になって、長い下り坂を伊勢湾に向かって滑るように快走し始める。伊勢の神様にお仕えする斎宮が住まわれたところは、現在さいくう平安の森として整備されている。車内アナウンスで左側車窓にそれが現れると告げられた。鉄道の旅ばかりをしていると、観光がお留守になるので、行ってみたい場所ばかりが増え続ける。これが困りものではある。
賢島駅にて

 伊勢神宮を訪れる人達が、伊勢市や宇治山田で下車していく。神様には大変申し訳ないが、「えっ!降りちゃうの。勿体ないなあ」と心の中で思う。真珠や水族館で有名な鳥羽で降りる人もいる。「賢島まで乗っていればいいのに」とここでも思う。結局賢島まで通しで乗っていたのは半数に満たなかったが、そもそも彼らは列車の旅が目的ではないのだから当然のことだ。私とは目的が違うのである。旅先では私が異端者なのだ。それは充分分かっているのだが、それほど快適な移動を約束してくれるのが観光特急しまかぜだということは、ぜひ書き残しておきたい。
(2017/5/15乗車)

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