2017年8月23日水曜日

世界で一番すてきな通学列車


ローカル線と高校生

 全国のローカル線を最も利用しているのは高校生に違いない。各駅停車の旅を続けていると、朝夕はほぼ必ず通学や帰宅途中の高校生と一緒になる。社会人はマイカー通勤が多いのだろうか、高校生に比べると人数は少ない。高校生の場合は、仮に家から駅が遠い場合も、駅までは車で送ってもらい、その先は通学列車を利用する。
 ローカル線には昔ながらの古い車両が使われることが多く、ボックスシートと呼ばれる4人が向かい合わせに坐るタイプがほとんどだ。外の景色を楽しむ旅人には重宝な座席だが、4人席を一人で占めてしまう場合が多い。特に高校生は見知らぬ人と同席などしないので、仲間同士が出入り口近くに溜まることになる。中はスカスカ、両脇は大混雑という風景が繰り広げられる。こうしてみると、4人ボックスシートが次々に廃止され、景色を楽しめないロングシートが幅を利かせてきているのも分からなくはない。せめて、2人掛けのクロスシートにして欲しいが、安価なロングシートが採用されがちなのは誠に残念だ。
 鉄道が走るような地域は高校の数も複数あるから、制服ごとにどっと下車したり、また乗車してきたりと、賑やかな光景が繰り広げられる。見ていると、学校ごとにカラーが違って面白い。乗車すると同時にスマホに集中する高校生がほとんどだが、中には全員ノートと参考書を取り出して勉強し始めることもある。そんな場合、心なしか大人びた顔つきで、しかも身なりはきちんとしているように見えるが、こちらの先入観もあるかもしれない。テスト前のにわか勉強の可能性だってあるからだが、いずれにせよ、必死にノートを見ている高校生は可愛いものだ。
 大都市圏では新幹線通学する高校生もいるが、私が経験上一番驚いたのは始発の特急列車で宇和島から松山まで通う高校生が少なからずいたことだ。途中からもどんどん乗車してくる。おそらく県立の進学校は県庁所在地にあるからなのだろう。通学定期代も馬鹿にならないだろうから、親の苦労が偲ばれる。

高校生とサロンカー


 さて今回紹介するのは、それとは一線を画す、素敵な通学列車である。熊本県の人吉盆地を走る 「 くま川鉄道」は第3セクターのローカル線だ。国鉄湯前線として開業し、JRに移管後、平成元年に誕生した。沿線にはビックネームの観光地がなく、どちらかというと地味な田園路線だが、5校ほど高校があって通学路線としての需要がある。それにしても取り立てて特徴のない鉄道会社なのだが、大きく変貌を遂げたのは、水戸岡鋭治氏デザインの新型ディーゼルカーKT-500型が5台導入されたことによる。

 鉄道会社としては観光に力を入れて多くの客を招きたいところだが、やはり利用者の大半は高校生。素っ気ないロングシートが当たり前の路線に、特上のサロンが誕生したのだ。高校生達にとっても使い勝手の良いロングシートは、良くデザインされたソファー。

 また外の景色を楽しむことが出来るボックスシートも、お洒落な照明とテーブルを備えている。これなら会話も弾むはずだ。すべてのシートの柄は異なり、ロングシートとボックスシートの間には、パーティションとして肥後独楽などが飾られている。

 列車の交換で手の空いた運転手に「贅沢な列車ですね。素晴らしい」と語りかけると、「水戸岡さんのデザインです。大勢の高校生が乗るので、ちょっときついですが」と答える。どうやら席が足りないということらしいが、所詮どこでも高校生は立っていることが多いのだから問題ないだろう。それより、シートに座った者同士の会話が弾むところに設計者の狙いがあるのだろうから。

 人吉駅で乗車した際は、多くの女子高生で席は埋まっていた。車内に入った瞬間にその内装に驚いたのだが、まさか写真撮影をするわけにはいかない。しかし終点の湯前に着く時に乗車していたのは私だけだった。その際に車内の写真を心置きなく撮らせて貰った。

 こうしてみると、都会の学生は気の毒だなと思う。味気ない満員電車に揺られ、コンクリートジャングルの中の無個性な校舎で学ぶ生徒が大半だ。地方に行くと、学校の校舎が立派なことに驚かされる。そこに現れた水戸岡鋭治氏プロデュースのサロンカー。このような土地で成長すれば、感性も研ぎ澄まされるに違いない。この車両のテーマは「田園」だそうだ。勿論全線が田園地帯を走るからだが、そこにベートーベンが掛けてある。ヘッドマーク代わりに描かれたト音記号がその証拠である。
(2017/8/23乗車)



0 件のコメント: