ラックレール仕様のトロッコ列車
日本における公害事件の嚆矢とも言える足尾鉱毒事件から100年余りの年月が経ち、足尾銅山そのものが閉山してからも40年近くが経過した。現在は足尾銅山観光として通洞抗跡をトロッコ列車で観光する施設になっている。
足尾銅山といえば、田中正造の活躍によって、世間ではすっかり悪玉扱いであるが、勿論現地ではそのような負の遺産に触れることはなく、もっぱら近代日本を支えた産業遺産として展示されていて、400年間にわたる歴史と1234キロにも及ぶ坑道のスケールが強調されている。その展示観光場所に導くのが、トロッコ列車であり、この観光の大きな魅力となっている。
通洞抗入り口へは、一旦急坂を下って行かなくてはならない。機関車が下側に付き、観光客を乗せるトロッコを数両連結している。左上の写真は、トロッコを先頭に列車が急坂を登って来たところである。
レールの間には登山鉄道と同じように、滑落防止のためにラックレールが設置されている。日本ではラックレールといえば、かつて碓井峠で活躍し今も大井川鉄道で利用されているアプト式が有名だが、こちらのものは2枚の鉄板の間に円筒形のピンを挟み込んだ形式であり、アメリカのワシントン山にあるマーシュ式に近い感じである。ただ、マーシュ式自体は枕木に固定するためにL字型の鉄板を用いている。銅山観光では強度を増すためにコの字型の鉄板で挟み込むようになっているので、その点はスイスのリッゲンバッハ式に近い。リッゲンバッハ式は歯車との噛み合わせを確実にするためであろう、円筒形のピンは用いない。従って、ちょうど両者の中間的な形式といえるのではないだろうか。
詳しくは「講座 スイスの鉄道」 ※2017/8/31をもって閉鎖しました。
http://home.att.ne.jp/red/swiss-rail/Contents/FrameSetswiss.html
ラックレールそのものは、急坂の部分だけに設置されている。銅山観光入り口にある駅、機関車付け替えの中間駅、通洞抗内の駅それぞれは水平であり、ラックは設置されていない。入り口駅の先から中間駅の手前までがラック区間である。その長さは数10㍍でさほど長いものではないが、ラックレールそのものが珍しい日本では、興味深いいくつかの点が観察できる。
通常の区間からラック区間に進入する部分は、機関車の車輪に取り付けられた歯車をラックにかみ合わせねばならない重要な箇所である。歯車を確実に破損させることなく噛み合わせるのは容易ではないという。エントランス部分には、少しでも摩擦を減らすために大量のグリスが塗られており、しかもラック部分が上下に可動式になって車輪側の歯車を受け止めるようになっている。
観光という遊戯施設ではあるが、中間駅では登坂用機関車を切り離し、通気の悪い坑道内でも安心なバッテリー式機関車に交換する。乗っている観光客は、トロッコ列車があっという間に終わってしまうので少々拍子抜けするようだが、山岳鉄道ファンには心憎いばかりの演出で思わずニンマリとしてしまうのである。
(2012/5乗車)
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