10.八戸19:17 → 青森20:48 青い森鉄道583M 青い森701-6
闇の中を2両編成の電車が走る。ここでも主役は女子高生と男子高校生だ。すでに7時半を過ぎているというのに、部活を終えた遅帰りの高校生はすこぶる元気である。中にはカップルもいて、ちょっと周囲には得意顔で青春している感じもする。
それにしてもこの青い森鉄道、またもやロングシートなのだ。701系だからJR時代のお古を、青く塗り直しただけなのだろうけれど。高校生だってカップルがいるわけだし、二人がけのクロスシートにしなさいよと思う。
八戸駅では接続に時間があったので駅弁とビールでも買って車内で一杯やろうと楽しみにしていたのだが、それは儚くも断念。八戸のホームでビールのロング缶片手に、陸奥湾自慢のホタテの貝柱燻製を肴に呑むだけで済ませた。これって、昼食? まさか夕食ではないでしょう?
浅虫温泉は節電のためホームの灯りも薄暗く、とても鄙びて見えた。結局今回も青森県を走る東北本線の風景は充分に見ることはできなかったわけで、改めて青い森鉄道には乗りに来なければならないだろう。しかし、朝からここまで乗り通したという満足感がこみ上げてくる。周りは見えなくても、頭の地図の中で夏泊半島が思い浮かび、線路は大きく円弧を描いて北上をやめて既に南西に向けて下り始めている。ここで線路が右に曲がり、再び北に向かえば終点青森は近い。次第に住宅の灯りが増えてきた。
青森駅はどん詰まりの駅である。東から東北本線、西から奥羽本線が向かい合い、それぞれ北にカーブを切って合流し行き止まる。それぞれの本線が絡み合う複雑なポイントをゆっくりと徐行しながら、青い森鉄道、否東北本線の旅は終わりとなる。
20時48分到着。走行距離735.6㎞。上野から13時間59分が経過していた。時間距離にすれば青森はニューヨークよりも遠かったことになる。
人はそのような比較を無意味と思うかもしれない。でも僕はそうは思わない。飛行機や新幹線で省略する途中のあちこちも様々な出会いがある。それらは僕らの日常とつながっているものであり、まるでグラデーションのように刻々と姿を変えたものなのだ。
芭蕉が訪れたみちのくは、今日僕が訪れたみちのくよりも何百倍も何千倍もの出会いや経験に支えられたものだったはずだ。だから松島に辿り着く感慨も異なり、松島という言葉の持つ響きもまるで異なってくる。
今日一日の光景が一つ一つ蘇ってくる。雑踏の東京から輝いている福島へ、様々な人がいる仙台から穀倉地帯の岩手へ、そしてひとけのない青森で暮らす東京と変わらない若者たち。東北本線がグラデーションとなって上野と青森を結んでいる。700キロという距離には連続した営みがある。しかも限りなく遠い。
何度も見慣れた青森駅前ではあるが、今夜の青森は今までとは違う青森に感じる。ニューヨークに降り立つ気分とそれほど違いはないと思いつつ、空いた腹に入れるものを求めるため、僕はシャッターの閉まった目抜き通りを歩き始めた。
(走行距離96.0㎞ 1時間31分 通算735.6㎞ 13時間59分経過)
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