2014年10月23日木曜日

比叡山横断鉄道

叡山電鉄
比叡山をバックに高野川を渡る
叡電鞍馬線         

 京都の市街から叡山に登るには乗り換えのいらないバスが便利だが、時に鉄道を利用するのも乙なものだ。京都側から登るのも良し、琵琶湖側から登るのも悪くない。乗り換えさえ厭わなければ、風景を楽しみながらの小旅行になる。そして更にぐるっと一回りして、同じ所を引き返さずに京都に戻ってくることが出来て楽しい。
 10月下旬のとある日、紅葉にはまだ早く、それだけに観光客の数は限られているから、叡山に登るにはちょうど良い時期だった。地下鉄の烏丸線で終点の国際会館で降りると、宝ヶ池に近いこの辺りは閑静な高級住宅街だ。実はここから叡山電鉄の宝ヶ池は歩いて15分ほどの所にあり、八瀬比叡山口まで二駅という極近の隠れルートなのだ。
きらら 宝ヶ池にて

 叡山電鉄こと叡電は本線と鞍馬線からなり、宝ヶ池が乗り換え駅である。その名前からして本線の終点は八瀬比叡山口だが、運転形態の主流は鞍馬線であり、人気の展望列車きららも出町柳と鞍馬を結んでいる。
京都電燈→京福電鉄→叡電  
と活躍したデナ21 鞍馬駅にて

 話は逸れるが、この鉄道はかつて京福電気鉄道だった。京福は栄枯盛衰の激しい会社で、京都ばかりでなく福井の方でも鉄道部門を切り離さざるを得なかったりして、地元の人でない限り、名前の変化についていけないだろう。私が初めて鞍馬を訪れた1970(昭和45)年、大阪万博の年にはこの鉄道は京福を名乗り、当時の記憶を引き摺る私には、嵐電も叡電もえちぜん鉄道も皆京福電鉄だと思ってしまう。年寄り臭いといえばその通りだが、よそ者には
何とも厄介な鉄道なのだ。 
 八瀬比叡山口に着き、そこからケーブルカーに乗ると、再び混乱が始まるというのは少し大袈裟かもしれないが、ここからの鋼索鉄道が京福電鉄なのである。

叡山ケーブル・ロープウェイ



 高野川の蛇行に行く手を阻まれるかのように叡電・八瀬比叡山口駅はある。目の前には山並みが迫っている。観光シーズンから外れた秋の平日ということもあって、電車は幼稚園児の遠足と一緒になってしまった。ケーブル八瀬駅までは200㍍ほどだから、少し早歩きすれば、団体さんよりも1本前のケーブルカーに間に合いそうである。高野川の清流を橋で渡り、かつては八瀬遊園地であったであろう辺りをケーブル駅に向けて急ぐ。
 この遊園地の廃園も京福電鉄に関わりがある。京福電鉄越前本線の列車衝突事故が会社を傾けたからである。会社は越前本線を手放し現在は第3セクターのえちぜん鉄道となり、遊園地は売り払われて会員制リゾートホテルとなった。そして残ったのが、比叡山に登るケーブルカーとロープウェイである。
 ケーブル八瀬駅に着くやいなや時刻表を確かめる。平日は20分に1本しかないが、まもなく発車なので、ちびっ子団体は追いつかないだろう。時刻表には「所要時間9分、ケーブル八瀬駅・ケーブル比叡駅を同時に発車します」と書いてある。つるべ式井戸と同じように登りと下りの車体がケーブルで結ばれているのだから当たり前だろう、と思うのは鉄道ファンだけかもしれない。おそらく親切な表示なのだろう。
 それにしても乗車してみて驚いた。この鋼索鉄道は高低差561㍍で日本一なのだそうだ。最急勾配なのが高尾山ケーブルカーであることは知っていたが、ここにも日本一があるとは思わなかった。路線は細長くS字形に曲がりくねり目的地が見えない。そこに緑の木々が覆い被さり、日の光が差し込んでとても美しい。中間地点が近づいて、つるべの一方とすれ違う。雰囲気のあるケーブルカーだ。
 ケーブルからロープウェイに乗り継ぐ。振り返ると、宝ヶ池の脇にプリンスホテルの特徴的な円環状の建物がよく見える。3分で山頂駅だが、勿論ここは山頂ではない。標高820㍍の駅からピーク大比叡までは直線距離にして600㍍、あと28㍍ほど登らなくてはならないが、今回の目的は比叡山横断なので、すぐに下山に向かう。ケーブル延暦寺を目指さなければならない。直線距離にして1.6㎞。幸いにしてバスがある。

比叡山鉄道

 叡山に登りながら延暦寺を参拝することなく下山する。なんともバチ当たりな気もするが、様々な宗派の開祖を育み、全山焼き討ちにした信長すらも許した心広い学問寺だから、先を急ぐ鉄道愛好家のことはお許し下さるに違いないと、バスを降り、そのままケーブル延暦寺駅に向かう。谷の向こう側に延暦寺が佇んでいる。
 坂本ケーブルの名で親しまれている比叡山鉄道は、延暦寺への表参道の一画をなし、昭和2年に開業した歴史ある鉄道だ。今日はその表参道を逆に歩いている。しばらく歩くと、登録有形文化財に指定され、関西の駅100選にも選ばれているケーブル延暦寺駅に着く。クリームイエローの漆喰で覆われた駅舎は、多くの著名人が訪れた歴史を物語る貴賓室を備えた重厚な建物だ。階段を上り展望台に立つと、600㍍眼下に琵琶湖が広がっている。ここからケーブル坂本駅までは全長2025㍍、日本一の長さを誇っている。叡山には日本タイトルを持つ鉄道が2本控えているのである。
 
 距離が長いだけあって、ケーブルでは珍しい途中駅が2カ所ある。ほうらい丘駅ともたて山で、ケーブルの特性としてどちらも終点からは等距離にある。坂本ケーブルの面白いのは、架線もないのにパンタグラフが備わっているところだ。普通ケーブルカーに架線はつきもので、ケーブルに電気を流すわけにはいかないから、車内照明をはじめとして必要な電気は架線から採り入れるしかない。もともとはあった架線だが、管理維持が大変なため取り払ったそうで、パンタグラフだけが残されている。鉄道から架線を取り去ると、空がすっきりとして眺めが俄然良くなる。線路は車が走る道路とは違って、幅は狭く色合いも周囲の自然に溶け込むので、環境負荷が極めて低いという特性がある。カーブがあり、鉄橋やトンネルもあって、移動そのものが楽しめる。
 さて、パンタグラフの種明かしだが、実は単なる飾りではない。終点駅にだけ架線があり、停車中に受電してバッテリーに充電するために使われているのだ。
 ケーブル坂本駅から、京阪電車の坂本駅までは徒歩で15分ほど。連絡バスも走っているが、下り坂をとぼとぼと歩くのも悪くない。

京阪京津線


 京阪電車の石山坂本線で浜大津まで行けば、そこから京都までは京津線が連絡している。比叡山の南側、山塊を回避するように敷かれたこの鉄道も、実に個性的だ。4両編成の普通の電車が、堂々と道路の真ん中を走っていく。道路を走るからといって、これは決して路面電車などではなく、鉄道と道路が共存しているとしか言いようがない。自動車が連なる道を走る電車は路面電車というにはどっしりとしたものだし、いざ目線を上に移すと、簡易的なトローリー線ではなく、シンプルカテナリー方式の本格的な架線が張られ、その下をパンタグラフを擦らせて進む電車だけを見ていると、まさに普通の鉄道そのものなのである。距離にして600メートルほどだが、国道161号線を走る京津線は、鉄道というものの概念を覆す逸品である。
 上栄町で国道から逸れて専用軌道に入る。その先には急カーブが控えていて、車輪とレールの摩擦を軽減するために、散水装置が備えられているのも珍しい。
 かくも比叡山横断鉄道は、鉄道愛好家の心をくすぐる見どころ満載の路線なのである。
(2014/10/23乗車)
 
 


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