2015年8月22日土曜日

ドイツの鉄道(ハノーファー編)

シュタッドバーン!
中央分離帯を走る5号線Stocken行

 速度制限のないアウトバーンを降り、緑に包まれた市街地に入ると、まず目に飛び込んできたのは、ゆったりとした中央分離帯を走る路面電車だった。その瞬間、「ああ、ヨーロッパの街に来たなあ」という思いがこみ上げてきた。欧州の街並みの中を軽快に走る路面電車は、お洒落でかわいらしい珠玉の風物詩である。
 
 北ドイツ平原を、ベルリンから3時間余りかけて高速バスが走っている間、そこには人の住めない土地など全くないのではないかと思えるくらい、肥沃な農耕地が広がっていた。畑の中には数多くの風力発電機がゆっくりと旋回し、豊かで先進的なドイツが、環境立国としても世界をリードしていることを感じずにはいられなかった。そして森と都市が共存することで有名なハノーファーには、50万人の人が暮らしている。日日の暮らしを支えるために、自動車社会のドイツであっても、ここでは鉄道は都市交通として重要な役割を負っているのだ。

 ハノーファーの鉄道案内図には、Regionalzug und S-Bahn 用と Stadtbahn 用との二種類があるが、どちらにもぴったりとした日本語がない。Reginalzug は「中距離電車」のことだから日本で言えばJRや私鉄各線の路線図のようなものに近い。ところが S-Bahn が Stadtbahn から生まれた名称で、どちらも「都市鉄道」を意味するところから、前者は後者を含むものと早合点すると間違ってしまう。この二つは明確に使い分けられているのだ。
 Stadtbahn には英語の Light Rail System というニュアンスが含まれている。直訳すれば「軽量軌道交通」、つまり市街地は路面電車として、郊外に出ればそのまま近郊鉄道として活躍するLRT(Light Rail Transit)  というわけだ。軌道やレールが軽量簡素なため Light  Rail と呼ばれるが、それならば S-Bahn は<重量鉄道による都市鉄道>という意味合いで使われているのであろう。一番馴染みの深い普通の鉄道だ。
 日本の大都市では S-Bahn が当たり前だが、最近は富山や福井、広島などで Stadtbahn が市民の足として大活躍するようになった。ところがこちらの Stadtbahn は、日本のものとはまたひと味違うのである。

地下に潜る路面電車


U-Bahn区間から地上に姿を現した
5号線Anderten行。       

 もともと路面電車だから石畳の上を走るし、交差点では自動車と一緒に十字路を曲がったりする。ところがなにぶん「新しい路面電車」なので、4両編成で走っていたりもする。さらに市の中心部では車や人通りを避けて地下にもぐってしまうのだ。こうなると道路面を走っていないので、路面電車とはいえなくなる。実際、この区間は U-Bahn と呼ばれ地下鉄扱いとなる。停留所の位置を示すマークも路面電車のときは<S>、地下にもぐれば<U>と表示される。実に変幻自在、柔軟性に富んだ鉄道なのである。
7号線Misburg行。クレプケの深
い地下ホームにて。     

 ハノーファー市の人口は仙台市の半分ほどだが、そこに4系統、枝線を含めれば11〜12の路線が、ハウプトバーンホフ(ドイツ鉄道の中央駅)、クレプケ(一番の繁華街)などを接続駅にして広がっている。なかでもクレプケは全ての路線が集散離合する拠点駅である。そこは地下に巨大な空間がぽっかりとあいていて、路線がクロスする大きな駅である。ここまでくるともはや路面電車の面影はなく、まるで秋葉原駅が地下にあるかのような、地震国日本では決して見ることの出来ない地下空間である。東京の地下鉄大手町駅も地下で複雑にクロスしているが、頑丈な構造物に囲まれていて他の路線を見渡すことができない点が大きく異なる。
5号線Anderten行。
Herrenhauser Gartenにて。

 都市の構造にフィットした Stadtbahn は、建設費や維持費の面でもかなり有利だろう。高架橋を造らず、道が広いため停留所にホームを設け、必要な場所しか地下化しない。しかもそこは耐震構造にする必要のない構造物。改めて人の住める土地が少なく、起伏に富んで地震の多い日本に鉄道を敷くことの難しさが思い遣られる。
 しかしながら、仙台市にようやく2本目の地下鉄が来年開業される現状を見てみると、都市における鉄道建設という点で、莫大な建設費を伴う地下鉄で良いのだろうかと思えてくる。U-Bahn と Stadtbahn の組み合わせは十分参考になるシステムに思える。

違いに戸惑う
9号線Fasanenkrug行。
Hauptbahnhofにて。

 海外では自動車と同じように鉄道が右側通行のため、ホームに立つとつい列車の来る方向を見誤り、突然予期せぬ方から現れてドキッとすることになる。日本で身についた感覚はなかなか抜けないので、ホームに立つたびにどちらから来るのか考えることになる。
 そのホームなのだが、改札口がない。車掌もいないし、運転手が切符を回収することもない。ただし無賃乗車が見つかると高額なペナルティーを科せられる。時々実施される車内検札で乗車券を持ち合わせていないと、1,000ユーロ(この時は約13万5千円相当!)の罰金を取られるはめになる。だからキセルはない! ということなのか、仮にあってもごくわずかなので、人件費・設備費節減に役立つと考えているのだろう。日本に比べて、混雑率が低いので可能であることは間違いがない。自己責任を重んじる国柄だから可能なのだという考えは早計であろう。
7号線Wettbergen行。
Spannhagengartenにて。

 それにしても技術大国ドイツだけあって、乗り心地も良く、綺麗でデザインも悪くない。しかもあまり待つことはなく頻繁にやってくる。もともと欧州の技術であるLRT(Light Rail Transit)の技術がふんだんに投入されて、小回りと快速性を兼ね備えた都市交通として活躍している。
(2015/8/21〜23 乗車)



ハノーファー中央駅にて
趣のあるDBのHannover Hbf。Hbf
は、ハウプトバーンホフで中央駅
の意味。駅前の道路にはよく見る
と軌道が敷かれている。 Stadtbahn 
10号線はナイトサービスとして夜
路面をる。        


 DBの略称は西ドイツ時代から続く伝統的なものだが、その頃はDeutsche Bundesbahn(ドイツ連邦鉄道)の略であり、1994年に旧東ドイツのDeutsche Reichsbahn(ドイツ国営鉄道)と合併し、民営化してからはDeutsche Bahn(ドイツ鉄道)となって、略称を引き継いだ。
 ハノーファー中央駅にはDBの列車がたくさんやってくる。改札口も何もないホームを行き来しながら、楽しく賑やかなドイツ鉄道を楽しんだ。
ユルツェン行メトロノーム号
客車側運転室。      

 まず最初が、ハノーファー発ユルツェン行のメトロノーム。その名の通り一定間隔で都市間を往復する列車である。経営改善を目的に地元企業のメトロノーム社に委託運営させているので、正式にはDBの車両ではない。定時に発着する優等列車は、最近の日本ではJR東海と北海道でしか呼ばれなくなったが、L特急のようなものだ。このメトロノームは5時台から0時台までの間、毎時40分にハノーファーを出発し、およそ85㎞のユルツェンまでを58分で駆け抜ける快速列車である。環境大国ドイツだけに自転車ごと乗車可能な2階建て車両で、機関車が推進したり牽引したりするプッシュ・プルタイプである。写真は推進運転のもので、客車に設置された運転台に機関士がいる。車両断面がかなり大きいので、近寄るとたいへん威圧感がある。
最後尾に連結された電気機関車。

 日本が電車王国となったのは、機関車牽引の場合終着駅で機関車を付け替えなければならず、手狭な駅にそのゆとりがなかったことと、機関車自体の加速性能が悪かったことからである。一方ドイツでは快速列車を中心に機関車を付け替えることなく、推進運転と牽引運転で行き来する列車がたくさん走っている。日本の常識では考えられないところだが、実際に乗ってみると加速性能は電車に引けを取らないし、発進時や減速時の衝撃も全くなく、客車にモーターが付いていない分、騒音も振動も極めて低く抑えられていて、実に快適である。おまけに駅には改札口すらないから、移動はスムーズで悪いところはどこにも見当たらない。
 それを可能としたのは、強力な電気機関車と緩衝装置付きで車両を密着させるねじ式連結器のおかげだろう。軌道がしっかりしているという利点もあるに違いない。走行音の静かな客車列車が日本から消えようとしている今、近郊の快速にまで客車列車を運行させているドイツ鉄道は羨ましい限りだ。

 一方、DBのプッシュプルとしてはREGIOと呼ばれる短距離旅客列車が数多く走っている。日本の快速(普通)列車である。中央駅に総二階建て客車6両を押して入線してきた姿は、実に壮観である。DBのシンボルカラーは赤なので、赤い客車が実に多い。それがまた格好いい。


 最後尾には同じ色で統一された電気機関車が控えている。停車中は鳴りを潜めている電気機関車であるが、発進直前には急にうなりを上げて力強く押し始める。この機関車は快速列車に多く用いられている最高速度160㎞の146型と思われる。

 REGIOと異なり、高速優等列車IC(インターシティ)は推進運転は行われない。一二等車や食堂車を連結した伝統的な電気機関車牽引の客車列車である。客車は白い車体に赤い帯を巻く。
ライプツィヒ行 IC2039

 この時入線してきたのは、インバータ制御を搭載し今では第一線から退いたと言われる120型電気機関車が牽引するインターシティである。ドイツの機関車の型式番号は必ずしも番号が若い方が古い訳でもなく、わかりずらい。ラインゴルト号で有名な日本でも人気のある103型電気機関車よりも101型の方が新しい。
ブレーメン行 ICE630

 さて、ドイツの高速鉄道といえばICEだが、全体が統一されたデザインで一見電車列車に見えるものの、その多くは先頭と最後尾に電気機関車を配した客車列車である。入線してきたのは、12両の客車と2両の電気機関車からなるICE1だった。最高速度250㎞。1両屋根の高い車両があるが、これは8号車の食堂車だ。レストランとビストロが厨房を挟んで設置されている豪華な列車である。



 日本の新幹線やフランスのTGVに比べると、少し地味な感じのするICEではある。また、1998年にエシェデで重大事故を起こしたことも記憶に残っている。時速200㎞で走行中に弾性車輪が破断して引き起こした事故だった。100名余りの人が亡くなったと聞くが、日本の新幹線だったら桁が違っていたなと思ったものだ。それでも技術立国の看板列車である。一度は乗ってみたい憧れの超特急だ。

(2015/8/22 見学)

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