2018年5月30日水曜日

高熱隧道を行く【急】地上に戻る

学習

 高熱隧道を体験するという私自身の目的は果たしたものの、見学会主催者の本来の目的はここからだ。仙人谷駅での見学を終えて再び上部軌道に戻り、数百㍍乗車して着いた所が、黒部川第四発電所である。当ブログの趣旨とは異なるが、発電事業の理解のため、かくまでも手厚く体験会を用意してくれていることに敬意を表して、レポートを続けることにする。

 黒部ダムで取水された水は、後立山連峰に掘られた約10㎞の導水管によって赤岩岳の地中、黒四発電所との標高差471.5㍍地点にやってくる。ここから傾斜角47度・延長641㍍の水圧鉄管内を水が落下し、4台の発電機を回して、33万5千㌗の電力を生み出している。黒部水系全体では12の発電所によって90万㌗というから、いかに黒四発電所の規模が大きいかが分かる。しかも施設すべてが、地下にあるから驚きである。中部山岳国立公園の自然景観を損ねることなく、社会インフラとして日本経済を支えていることは、いくら強調してもし過ぎることはないだろう。だからこそ、関西電力もわざわざ体験会を実施しているのだ。
幅22㍍、高さ33㍍、奥行き117㍍
の発電所建屋        

 わざわざというのには理由がある。発電の制御はすべて遠隔操作であり、メンテナンスを除き、本来ここは無人の施設なのだそうだ。私のような暇人、しかも関電ユーザーでもない一個人相手に、決して安くないコストを掛けて案内してくれる…有り難いことである。このくらいのレポートを書かせて貰わないと罰が当たるというものだ。

 無人の発電所内は、整然として美しく巨大だった。4基の発電機の上には無駄とも思えるような天井の高い空間がある。発電機は大きな水車と発電装置から成り立っていおり、それらはすべて床下にあって、見えているのはほんの一部分に過ぎないのだという。この装置をつり上げるには大きな空間が必要であり、そのためのガントリークレーンが前後の壁に2台設置されていた。
部屋の上に発電機
下には水車がある

 発電所建屋を見た後、発電機の実態を体験するため、数階分階段を下る。分厚いガラス越しに発電機が見える。扉を開けると、回転する円筒形のシャフトから凄まじい轟音が聞こえてきた。一人一人、近くまで見学して良いという。こわごわと入室し、見上げると、発電コアが高速回転している。足下からは激しく水のぶつかる音がする。耳栓なしではあっという間に難聴になってしまう騒音レベルだ。

 かくも大がかりな発電施設だが、原発は1基で100万㌗というから、それに比べるといかにも効率の悪い感じもする。今では水力発電は日本全体でわずか9%を占めるに過ぎないのだ。しかし、今回学んだことで一番印象に残ったのは、この水力発電がクリーンエネルギーであるだけでなく、需要の増減に柔軟に対応できるシステムだということだ。急激な電力需要増加に対して、停止状態からフル発電まで、わずか3時間で可能なのだという。必要に応じて稼働できるという、実に資源を無駄にしない、まさにエコの原点のような水力発電は、これからも活躍が期待されることだろう。
 ということで、私を見学会に招待した関電の狙いは見事に達成できたのである。


歓声

左:インクラインとクレーン 右:傾斜角34度の軌道

 発電所を後に、再び地中の移動が開始される。発電所のある標高869㍍地点から1325㍍地点までをインクラインで一気に登る。この聞き慣れないインクラインとは、資材や作業員を運搬するための「ケーブルカー」もどきのことだ。昭和34年に造られたもので、黒部第四発電所の巨大施設はすべて、長野県側から関電トンネルと黒部トンネルを通り、このインクラインに載せられて下に降ろしたのだそうだ。だからこの昇降装置そのものも巨大だ。
 ふつうケーブルカーは傾斜にあわせて階段状に座席があるけれど、写真を見ても分かるように、軌道自体は34度の急斜面なのに、車体は水平になっている。直角三角形を逆さにした台車の上に客室が載っていると考えればわかりやすい。資材運搬の時は上のクレーンで客車を取り外せばよい。
 案内人はうまいことを言う。
「お客さんを乗せるのがケーブルカー、レールの上を走るので鉄道です。というわけで国土交通省の管轄。一方インクラインは、資材と作業員を運ぶ工事現場にあります。だからレールがあっても鉄道ではなく、厚生労働省の管轄」
 つまり厳密にはこのブログの守備範囲ではないということになるが、それは法律のはなしであって、これは紛れもないケーブルカーである。815㍍の距離を20分掛けて登っていく。時速3キロにも満たない超鈍足で進むうちに、中間地点で擦れ違った車両には、この日もう一組の黒部ルート見学会・黒部ダム集合グループが乗車していた。ゆっくりなので一人一人の顔まで見える。車内で一斉に歓声が上がり、あちらでも懸命に手を振ってくれている。見知らぬ同士とはいえ、こんな地底の世界で、希有な体験をしているという共通の思いが、心を揺すぶったのだろう。
 
帰還
黒部トンネルバスダイヤ
12:10発45着公募と記されている

 黒部ルート見学会もいよいよ大詰めを迎える。残るは黒部トンネル10.3㎞をバスで移動するだけである。途中、タル沢横坑で休憩があり外の景色が見られるという。ここは資材運搬のために掘られたトンネルのため、アルペンルートのような大量輸送が可能な施設はない。擦れ違えるところも限られているので、鉄道のようなダイアグラムが掲示されていた。鉄道の旅は終わったが、余韻を楽しませてもらっているかのようだ。ダンプカー1台が通れるような素掘りのトンネルが延々と続く。排ガスのための換気装置もなく、所々に掘られた横坑を利用しての自然換気だそうだ。
右奥の雪山が裏剱

 その横坑の一つに立ち寄る。バスを降りて50㍍ほど歩くと抗口に出る。柵越しに体を捻ると黒部の峡谷が見える。谷は深く川の流れは見えないが、十字峡のあたりだという。重なり合った山の一番奥に見える残雪の山が名峰、剱岳だ。こちらからの姿を裏剱と呼ぶのだそうだ。だいぶガスがかかってきた。雨が近いのだろう。
 再びバスに乗れば、ツアーも終わりに近づく。立山黒部アルペンルートの関電トンネルの下を潜り(と言っても見えるわけはないが)、大きくカーブを切ると右側から合流するトンネルがあった。天井に架線が張られているので、扇沢からのトロリーバスのものだと分かる。黒部ダムに到着したのだった。

 ヘルメットを返却してツアーは終了となった。関電の事務所脇の通路を出れば、そこは人でごった返すアルペンルートの真っ只中。ドアの外は黒部ダムである。雨脚が強く、立山連峰の山々が次第に雲に隠れていくような悪天候になっていた。
(2018/5/30)

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