愛知高速交通 東部丘陵線
先頭車窓から広がる風景は、まるで森の奥深くに沈み込んでいくジェットコースターのようだった。陶芸資料館南駅を出たリニモは緑豊かな丘陵地帯を右に大きく進路を変えながら高度をぐんぐんと下げていく。それがまるで絶叫マシンに乗っているかのような錯覚を与えてくれるのだ。愛・地球博記念公園に聳え立つ大観覧車を眺めてすぐの出来事だったことも影響していたかもしれない。架線も何もない不思議な乗り物リニモは、そんな不思議な体験をさせてくれる愉快な鉄道だ。
名古屋市交通局1号線、東山線の終点藤が丘は高架駅となっていて、あたりは小振りな商業ビルが建て並んおり、お目当てのリニモらしきものはどこにも見当たらない。今回の旅は出張の仕事を片付けた後の、わずかな時間を利用したプチ旅行なので、何の予備知識もなくやってきたのだった。東山線が第三軌条方式の地下鉄だということも、乗り換え駅の名前もよくわからないまま、常温磁気浮上式リニアモーターカーに乗ってみたいという思いだけで、ここを訪れた。2005年に愛・地球博が開かれてからすでに10年以上が経っている。万博後にアクセス交通機関が廃止されてしまうことはよくあることだが、リニモは不思議と残っている。浮上式の鉄道はここだけなので、ぜひ乗車してみたかった。
東山線を降りても見当たらないのは当たり前、リニモの藤が丘駅は地下にあった。手狭な階段を降りると地下一階は改札口のあるコンコース。わずか8.7キロの路線に370円という決して安くはない切符を買って地下二階まで降りると、安全のためにガラスで囲まれたホームが現れた。リニモは完全な無人運転を行うので、腰高のホームドアではなく、スクリーンドアが設置されている。東京のゆりかもめや舎人ライナーと同じだ。
午後の閑散とした時間帯ということもあって、乗客はほとんどいないけれど、子供連れの親子が先頭の席にすわっているので、そのすぐ後ろのボックスシートに腰を下ろす。窓が大きく、しかも無人運転だから、前方の眺めはよい。列車のドアとスライドドアがわずかの時間差をおいて閉まると、滑るように走り始める。滑るようにとはまさに比喩でもなんでもなく、まったく上下動がないのだ。鉄輪の電車とも、ゴムタイヤの新交通システムとも全く異なる、新感覚の乗り物だ。ただし揺れないのかというとそうではなく、横揺れだけがある。これをなくせば完璧なのにと思いつつ、結構小刻みに揺れるものだから、超快適とまではいかないようだ。
地下区間を1㎞ほど進んで地上に出れば、最初の駅「はなみずき通」である。沿線唯一の地上駅なのだそうだ。そこから先は高架式となり杁ヶ池公園に着く。難読駅だなあと思って駅名表示板をみると何ということはない。「いりがいけ」と読む。どうして木偏なのだろうか。どうやら日本で考案された漢字であるらしく、堤に設置する水量調節用の樋の意味なのだそうだ。愛知県の地名に多いというから、この地方には堤に突き刺した樋がいくつもあって、それを開け閉めして水量を調節したのかもしれない。
続いて現れたのが長久手古戦場。秀吉と家康が激突した場所である。駅のすぐ脇に古戦場公園があるが、今は大学が集まりイオンモールがデンと控える街になっている。ここから先は丘陵地帯が連なり、緑が多くなってくる。そもそも愛知万博の際にリニモが導入されたのは、60‰の急勾配が続くために東山線の延長が難しかったことも関係している。勾配に強く、新交通システムより先端をいくリニアモーターカーが望まれたのだという。トヨタ博物館があったり大学が集まっていたりと、この辺りはアカデミックな地域である。それだけに人口はさほど多くなく、リニモの経営状態は決して良くはない。毎年累積赤字が膨らんでいるようだ。
愛知万博の跡地は愛・地球博記念公園となってさまざまな施設が開放されているが、サブテーマが「循環型社会」という環境保全にかかわるものだったこともあって、遊園地型のテーマパークにはなっていない。丘陵地帯の自然を活かしたスポーツ施設が中心だから、乗客の大幅な増が期待できるようなところではないだろう。それだけに、私のようなお気軽なヨソ者にとっては、眺めの良い魅力あふれる風景が広がっているといえる。
こうしていくつかの丘を巡り越えたところで、冒頭で触れた絶景駅に到着するのである。谷底には終点八草駅がある。リニモはここで折り返して、藤が丘へと戻っていく。わずか17分ほどの乗車だが、天気の良い日には快適な車窓が楽しめる鉄道である。
(2016/9/25乗車)