2016年8月6日土曜日

ハノーファーのシュタットバーン 前篇

ハノーファー乗り尽くし?

 ハノーファーには127キロにも及ぶライト・レール・トランジット(LRT)がある。日本ではまだまだ馴染みが薄いが、北米やヨーロッパで発達したこの鉄道は、都市の鉄道のあり方としてとても示唆に富んでいる。2016年の夏、二度目の訪問の際、いささか無謀にも全線走破を目指し、時間切れのため約半分乗り継いだところで断念したものの、ハノーファーのLRTに魅了され堪能することができたので、ここに紹介したいと思う。

 LRT。ドイツ語でシュタットバーン。直訳すれば都市鉄道。ハノーファーのそれは、路面電車と地下鉄と郊外電車を合わせたシステムといえる。日本では地下鉄や郊外電車にはふつう「重量車両」が用いられるが、車両も軌道も重装備なので如何せん設備にお金がかかる。近年100万都市の仙台で漸く2路線目の地下鉄が莫大な建設費を投じて完成したが、市民の移動の中心がバスであることに変わりはない。ドイツでもベルリンのような大都市ならいざ知らず、人口わずか50万のハノーファーにはとても導入など無理だろう。路面電車では物足りず、地下鉄では過剰投資となる中規模の都市にとって、シュタッドバーンのような鉄道は柔軟な発想が生み出した秀逸の鉄道といえよう。
路線系統図

 この街に馬車鉄道が登場したのは1872年のことで、その後1893年から10年ほどで路面電車化された。当時の総延長は163キロにも及んだという。ところが自動車先進国のこの国のことだから、1950年頃には自動車の増加が問題となり、繁華街を走る区間は地下化しようという計画が持ち上がったようだ。最初の地下区間が開通したのは1975年ことである。

 現在ハノーファーを走るシュタットバーンは127キロ、そのうち地下鉄区間が19キロ、自動車と電車が道路を共用する併用軌道(路面電車)が20キロ、専用軌道が88キロある。路線は大きく4つのグループに分かれ、路線図では青、赤、黄、緑に色分けされている。そのうち緑の10号線だけは地下部分がない。ハノーファー乗り尽くしの旅はここから始めよう。

路面電車10号線の旅

新市庁舎。ドームの内部壁面に
沿って昇るエレベータが名物。

 旧市街の外れにある新市庁舎は、高く聳えたドームを斜めに昇るエレベーターがあることで名高く、いつも観光客の列で賑わっている。ドームの上からはハノーファーの街が一望でき、眼下にはナチスが雇用促進のために造ったとされるマッシュ湖が広がって余暇を楽しむ市民の憩いの場となっている。
グリーンライン 10号線
そこからほど近いアエーギディエントプラッツAegidientorplatzはクルプケや中央駅と並ぶ主要地下駅の一つだが、10号線だけは人影も少ない地上ホームから出発する。スイスやドイツの鉄道駅でお馴染みのモンディーン社製の時計がモニュメントのように並木下のホームを飾っているものの、地下駅の賑わいとは異なって、ここを利用する人は本当にまばらだ。折り返しアーレムAhlem行となったこの電車の運転手は、手持ち無沙汰そうに運転室に戻ることもせずにホームでくつろいでいる。乗っているのは私ともう一人だけ。時間がゆっくりと過ぎていく。
台車が2車体を支える
連接車両。     

 TW6000系は、地下鉄化した際に導入されたもので、1974年〜1993年に製造された古い車両だ。近年新型車両が導入されてきていることから少しずつ廃車となっているものの、今でも一番よく見掛けるハノーファー・シュタットバーンを代表する車両である。中間に短い車両を挟み連接台車で繋げた3両でワンセットの固定編成となっていて、2セットで運用されることも多い。その場合は全長56㍍にもなるから路面電車としては長大編成といえる。本気を出せば最高時速は80キロというからなかなかの俊足ぶりだが、10号線は路面区間が中心なので平均時速はわずか19キロに過ぎず、まさに堂々たる路面電車なのである。
東急デハ200形電車
東急電鉄「電車とバスの博物館」

 緑色の連接車両というと、東急の玉電を思い出す人も多いかもしれない。1955年製の玉電も古さを感じさせない優れた意匠だが、どちらもどこかかわいらしさを併せ持つ電車だ。世界各国で人気のLRTは超低床方式のスタイリッシュなものが多いけれど、こちらは高床式で、プラットホームが必要なタイプというのもレトロな感じで古い人間には親しみがわく。
TW6000形 運転台付近

  運転台横のドアの写真を見て欲しい。左右ふたつの折り戸があり、斜めになった手摺りがついていて、床を見ると切れ込みがある。つまり、床が下に降りてステップとなり、手摺りにつかまれば、プラットホームのない路面にも降りられるというわけだ。ホームのある停留所では床はフラットのままだから、運転手もドアの開閉にはさぞ気を遣うことだろう。

 アエーギディエントプラッツAegidientorplatzsを出発した電車は、人が群がるドイツ国鉄の中央駅Hauptbahnhofの駅前広場を注意深く徐行しながら通り過ぎ、ショッピングモールや企業のビルが建ち並ぶクルト=シューマッハ通りに入っていく。ここは現在、道路整備の真っ最中で、大型重機を使ってプラットホームの新設と道路基盤の造り直しが進んでいる。ドイツは徹底した車社会だから、市内を走る自動車はかなりのスピードを出すので、ペンキによる安全地帯表示だけでは人の安全に不安が残るのだろう。
 ドイツの街並みの中にはところどころに広場が点在し、どこも緑が豊かに茂っている。ゲーテプラッツGoetheplatzもその一つだが、ここが面白いのはその広場をまあるく線路が敷かれて、三方向から進入できる電車のラウンドアバウトになっていることだ。日本ではあまり馴染みのないラウンドアバウトだが、ヨーロッパの街角ではよく見掛ける風景だ。左回りの円形交差点には信号機がなく、車はゆっくり流れに沿って交差点の輪に入り、目的の道まで来たらそのまま輪から抜けていくしくみで、ここではそれを電車が行っているのだ。このラウンドアバウトを南に抜けると、地下鉄区間に繋がっていて、ハノーファーの中心クルプケに行くことができる。
Limmerstraße

 今乗っている10号線はこのまま西に進んでいく。次のグロックゼーGlockseeには大きな電車基地がある。枝分かれした線路の先には屋根付きの車庫と吹き晒しの留置線があって、数多くの電車が停まっている。通勤通学の人々を乗せ終わって休憩時間に入っているのだろう。電車はライネ川を渡り、右に大きく曲がると、また賑やかな街並みが現れる。歩道いっぱいに広がったカフェや色とりどりに飾り付けられたショウウィンドウが並ぶ活気あふれたリンマー通りLimmerstraßeである。道幅が狭いので路面電車と車が完全に同じ道を共有した区間であり、速度制御が難しく急停車のできない電車は、最徐行で通過する。前を走る路線バスが敏速に走る優秀な乗り物に思えてくる。
ホームの先で折り返し
Ahlemにて

 通りに面した4、5階建ての集合住宅が尽きると、緑が増えて一戸建て住宅の区域になる。いつの間にか電車は道路と並行した専用軌道を走っている。スピードもあがって郊外電車の様相を呈してくる。このあたりは美しいバロック式庭園で有名なヘレンハウゼン王宮庭園に近いはずなのだが、緑豊かな地域で、庭園がどこにあるかは見分けがつかない。ライネ川に続く運河を渡れば終点アーレムAhlemは近い。


(2016/8/6乗車)

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