2014年8月26日火曜日

北海道乗り尽くしの旅・・序章

新幹線開業の前に

 このところ北海道の鉄道は暗いニュースばかりが続いている。車両火災、貨物列車の脱線と保線の手抜き、保線データの改竄、運転手による車両破壊、度重なる発煙トラブル・・・ひとつの鉄道会社が立て続けに社会信用を失墜させるような事態を生むというのは、国鉄末期の組合闘争以来のことだ。この会社で働く人たちの中に、どこかで道を誤ってしまった人がいるのではないだろうか。
 北海道に心を寄せ、鉄道による旅をこよなく愛する自分にとって、近年のJR北海道の動向はとても見過ごせないことだった。来年度末には新幹線が函館北斗まで開通し、本来なら青函トンネル開通以来の慶事であるはずなのに、果たして安全は確保できるのかといった新幹線の脱線を臭わすような物騒な報道までが飛び出すまでになっている。悲しいことである。
 こんな時だからこそ、応援もしたい。旅立つ自分を周囲の者は「脱線しない?大丈夫?」と気遣うが、大雨でも降った際には怖いなあと正直思わないでもない。ただ旅の後半は天候も回復という予想だから何とかなるだろう。それよりも新幹線が開通したら、おそらく津軽海峡線も無事ではあるまい。函館湾をめぐりながら北海道に渡るという、あの素晴らしい景色とワクワク感は二度と味わえなくなるのだという焦りが、旅心に火を灯したのだった。今一度函館湾や噴火湾を右手に見ながら、北海道乗り尽くし旅に出掛けよう。

準備
たかが指定券
されど指定券

 東京から東室蘭までの座席指定をネット上で行うためには、JR東日本とJR北海道それぞれのWebで行う必要がある。するとJR東日本のWebで購入可能な新青森・函館間は新幹線乗り継ぎ割引が適用され特急券が半額になるが、JR北海道Webで購入する函館・東室蘭間には割引が適用されず割高になる。それを避けるためには駅の緑の窓口で購入する方法もあるが、いちいち進行右窓側を指定すると、駅係員は汗をかきかき時刻表と格闘するはめにおちいる。特に本州から北海道に渡る際には、列車は一度スイッチバックして進行方向が変わるのだから、駅係員の頭の中は混乱するし、それに気付いて貰えない場合は、海の景色が見えなくなる。気の小さい自分は、駅員に申し訳ないと思うし、ましてや後ろで並ぶ人の冷たい視線にも耐え難い。それなら誰にも迷惑をかけないWeb購入が一番だし、JR北海道には正規料金で乗車するので、多少なりとも応援になる。ということで、面倒な函館までは自己責任で座席指定をし、函館・東室蘭だけは窓口で購入することにした。趣味を貫くには、手間とお金がかかるものだ。

函館へ

 というわけで、朝6時32分一番の東北新幹線はやぶさ1号で東京を発ち、10時17分には函館行きスーパー白鳥に乗り継いで、11時36分青函トンネルを抜けて北海道の大地の上に出た。
 青函トンネルは新幹線と在来線の共用区間のため、木古内駅の手前で新幹線から在来線が分かれていく。その後すぐに廃線となった江差線の錆びた線路が合流する。江差線の踏切には線路を塞ぐように立ち入り禁止のフェンスが張られていて、痛々しい。人も列車も立ち入り禁止なのである。
 新幹線停車駅の木古内駅前は、ツルハドラッグの看板が一番目立っている。ここに新幹線が停まるのかと俄に信じられないほど、あたりには人家がまばらでだ。それでも奥津軽いまべつ駅よりも遙かに人口は多いと思われる。江差や松前の人たちが車でやって来て旅立つ駅なのだろう。
 安定した共用区間の軌道と違って、ここからは在来線的な揺れとなる。今日の函館湾は霧に煙っている。細かい雨が降っている。新幹線は風雪よけのフェンスが高く張り巡らされているので、車高の低い新幹線からはたぶん車窓風景は楽しめないのではと思われる。やはり景色は在来線が一番だ。並行する松前国道の道路標示には函館まで33キロ、30分とある。この辺りの海峡線(正式には江差線。江差には行けない江差線である)は単線のため、泉沢駅で旧国鉄時代からの古い車両を使った485系白鳥と交換する。リニューアルされたとはいえ古参の列車だ。
 今日は津軽半島が微かにしか見えないが、それでも下北半島もなんとか確認できる。その間が陸奥湾で、雲に覆われたもっとも奥に青森の町がある。モノトーンの世界に広がる津軽海峡は波も穏やかで、トンビが優雅に風に乗っている。函館山が見えてくるが、あいにく山頂は雲の中だ。列車は等高線に沿って、方向を変えながら函館を目指す。 渡島当別駅を通過する。ここは男爵いもとトラピスト修道院で有名な所だ。
函館市電
 この辺りからは車窓真横に海を挟んで函館山が見えてくる。これから函館湾に沿って、180度進路を変えながら函館を目指すのだ。かつての北海道の玄関、函館へのこの最終アプローチがたまらなく好きだ。到着まであと10分、コンビナートのある上磯からは町の風景に変わる。全国チェーンのパチンコ屋を過ぎ、進路を右に右にと変えれば函館は近い。


室蘭へ

 北海道新幹線は函館には停まらない。15㎞弱離れた渡島大野を新函館北斗駅として開業することになっていて、現在駅舎の建設と五稜郭・渡島大野間の電化工事が行われている。開業時には札幌行スーパー北斗が新函館北斗に停車し、函館方面へは電車が運行されるようになるのだそうだ。とすると、ここでも在来線の車窓が大きく変わることになりそうだ。
 というのも新幹線開通後は札幌方面へのコースが一部変わるからだ。現在函館を出発した列車は市街地を抜けると松並木が続く大沼国道と併走しながら七飯(難読駅:ななえ)に着く。ここから下りの優等列車はすべて渡島大野がある本線と分かれて、大沼公園までの標高差を緩和するために造られた通称藤代線を通るのだが、上り線を跨いで右に大きくカーブを切りように造られた高架線からの風景は、北海道に来たなあということを実感させてくれるスケールの大きな風景なのである。上りは上りで、大沼から高度を下げてくる仁山・渡島大野間の風景もなかなかの見ものなのだが、それぞれ味わいが異なる。新幹線開業後は下りの貨物以外は藤代線を使うことはなくなってしまうのだろう。少し残念な気がする。
 高度を上げてトンネルをいくつか抜けると、左側に小沼の岸が迫ってくる。いつもなら小沼越しに駒ヶ岳の優美な姿が見えてくるのだが、あいにくの小雨模様で全く対岸すらも霧に煙っている。北海道有数の車窓風景が今日はお預け、少々退屈になってきた。またちょうど交感神経と副交感神経が切り替わる居眠りタイムとなったばかりでなく、昼食で訪れた手打ち蕎麦屋で呑んだ日本酒が利いてきたのか、うつらうつらと恍惚状態になってきた。ふと目が覚めたときは、森駅に進入する時で、目の前には噴火湾が広がっていた。
 雲は厚いが、何とか対岸は見える。八雲まではほぼ対岸の室蘭方面と並行して走るので、これから目指す室蘭は次第に後方に退いていく感じ、八雲から長万部へは方向を90度変えて室蘭を目指すので、この辺りは円弧を描くというよりは、正方形の三辺を走る感じだ。天気さえ良ければ有珠山や昭和新山のような火山が見えるはずなのだが、残念である。ただ、函館本線は当分健在だから、また次のチャンスがあるだろうと慰める。
 かに飯の看板が見えれば長万部は近い。函館本線が左に分かれていき、室蘭本線に入る。荒涼とした風景が続くが、次第に山が海岸に迫ってくる。静狩からは線路を敷けるような土地はなく、トンネルが連続する。近年、秘境駅として有名になった小幌駅は、トンネルとトンネルの間にホームを設えたような無人駅だ。あたりに集落は全くなく、熊笹に覆われた獣道を少し歩くと崖と崖に囲まれた入り江があるという。酔狂な釣り人くらいしか降り立つことのない小幌駅を、北斗9号はあっという間に通過した。列車は猛スピードで驀進している。揺れも少なくない。大丈夫かなという思いが一瞬よぎる。保線の不安は鉄道の安全神話を根底から揺さぶっている。
 室蘭は大規模な工業地帯だ。複雑に入り組むパイプと巨大なタンク、建物から漏れ出すような白い煙等々がコンビナート特有の雰囲気を作り出している。湾を結ぶ釣り橋が室蘭の玄関口で出迎えてくれる。
(2014/8/25乗車)

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