2014年8月28日木曜日

おばこはキャビンアテンダント

まごころ列車
 羽後本荘10時47分発の矢島行は、おばこアテンダントが案内してくれる 「まごころ列車」だった。一日14本(上下28本)運転されている鳥海山ろく線の中で、たった1本だけ往復している列車に巡り会えたのは、偶然としか言いようがない。世の中悪いことばかりじゃない! 
2000形 まごころ列車
羽後本荘にて
 由利高原鉄道<ゆりてつ>は国鉄旧矢島線を譲り受けた第3セクターの鉄道会社だ。従業員は30名。どうしてそのようなことがわかるかと言えば、アテンダントの佐々木さんがくれたチラシに全員の名前と顔写真、役職が記されていたからだ。個人情報がうるさい昨今、顔の見える会社経営には頭が下がる。それほどに皆さん、一所懸命だし親切なのである。
子吉・鮎川間の田園風景
 羽後本荘を出て羽越線と分かれるとすぐに田園地帯を走る。冬には地吹雪が襲うため、線路脇には風雪よけのフェンスが続くが、嬉しいことにシーズン以外は折り畳んであり、鳥海山を眺められるようになっている。今日はあいにく雲が厚く垂れ込めて、鳥海山は裾野さえ姿を見せていない。おばこ姿のアテンダントはこのような日のために用意した写真を見せながら説明をしてくれる。田圃の稲はだいぶ黄色く色づいているが、穂が大きく垂れる程ではないから収穫まではまだ間がありそうだ。
子吉川に沿って走る
 まごころ列車は丘陵地帯を登っていく。ただ<ゆりてつ>は登山鉄道でも山岳鉄道でもない。高原鉄道と名乗ってはいるものの、最も高い所でも標高100mに満たない。雪深い北国であること、鳥海山の山麓であることによるイメージとして命名されたのだろう。全線23㎞の、子吉川の緩やかな流れに沿って走るローカル線である。
旧鮎川小学校
 この地方にも過疎化の波は押し寄せ、廃校となった旧鮎川小学校の脇を通過する。地元の人たちの協力によって秋田杉を活用した木造校舎が綺麗に維持管理されているのだという。おばこアテンダントの解説がなければ、見落としてしまうような風景だ。注意してみると、ぬくもりのある校舎がひっそりと建っている。味気ない都会の小学校校舎で学ぶ子供達と比べて、田舎の子供達は恵まれているなと思うが、今では子供自体がいない。何とももったいない。地方はいつ復活するのだろう。

タブレット交換


先に到着した羽後本荘行から
タブレットを受け取る駅員 
(黄色いレインコート着用) 
列車は3000形
 
 過疎化ばかりでなく、モータリゼーションの普及によって地元民の鉄道利用が大幅に減っているのは、ここ由利高原鉄道も例外ではない。そのため<ゆりてつ>では毎月様々なイベント列車を走らせて乗客の獲得に努めているのだそうだ。たとえば2月には酒蔵開放無料列車、4月は雪室解禁生酒列車、8月には納涼ビール列車が運行される。秋田は酒好きが多いのだろうなあ、ぜひ乗ってみたいと思う。鉄道はお酒と相性がよいのだ。車ならこうはいかない。ただ、秋田の酒豪に囲まれたら大変なことになるのでやめておいた方が無難だと思い直す。
 <ゆりてつ>は、決して呑兵衛ばかり相手にしているわけではなく、季節の風物詩を載せた七夕列車やハロウィン列車もあるし、沿線B級グルメ列車なるものもあって、アイディアの限りを尽くしている。イベント列車ばかりでなく、鉄道好きに対してもいろいろな配慮がある。おばこアテンダントによる鉄道グッズ販売はもちろん、駅で販売する硬券など、ファンの喜びそうな工夫がある。
タブレットを肩に  
掛け、矢島行ホームへ
(帰路撮影)
 しかしそれ以上に興味深く嬉しかったのは、ここではいまだにタブレット交換が行われ、しかも駅員や運転士がそれを乗客にじっくりと見せてくれることである。カメラを向けられると嫌がる鉄道員が多い中、<ゆりてつ>はそんなファンの姿を楽しんでいるとすら思える。
 タブレット交換を見ることが出来るのは、ほぼ中間に位置する前郷駅だ。鳥海山ろく線で列車交換施設があるのはここだけである。羽後本荘や矢島も含めて、前郷以外はすべて片側1線のホームのため、2列車が同時にホームにつけるのはこの駅だけだ。だから全線で同時に運行できるのは2列車で、ケーブルカーのように途中で交換すると考えればよい。
 
矢島行に渡される 
大きめのタブレット
車両基地は矢島駅にあるので、営業時間外はすべての車両が矢島駅に戻ってくるようなダイヤになっている。従って、矢島・前郷間に1列車、前郷・羽後本荘間に1列車だけ入れるようにし、前郷ですれ違うようにすれば衝突は避けられる。そこで、それぞれの区間に入る許可証として二つの通行手形があるのだ。矢島・前郷間のタブレットは肩から掛けられる大きめのものを、前郷・羽後本荘間は手で握る感じの小さめのタブレットが使われていた。これなら間違うこともない。
とても原始的な方法だが、電子機器などの特別な施設がいらない絶対確実な方法で安全が保たれている。
羽後本荘行が受け取る
小さめのタブレット 
 ところで、<ゆりてつ>では通票閉塞器は使われているのだろうか。赤い箱のタブレット発行機である。この点は確かめる時間がなかった。
 先に触れたように、ここの鉄道員の方々は、このタブレット交換を鳥海山ろく線の魅力の一つだということをよく自覚していて、一連の作業を興味深い見せ物としても乗客たちに紹介していた。これも観光路線として集客しようとする企業努力の一つだ。帰りのことになるが、羽後本荘行の運転士が受け取るタブレットをカメラに収めようとすると、にこっと微笑みながら「はい、撮って!」とばかりに受け取ったタブレットを見せてくれた。そのサービス精神旺盛な姿には感服した。この会社は一丸となって観光客を歓迎してくれている。

終点矢島駅て・・秋田完乗!


秋田杉の美林
 おばこアテンダントがワゴンを押して<ゆりてつ>グッズを販売に来た。出来るだけ協力したいが、駅名のキーホルダーや携帯ストラップには興味がない。ちょうど手頃なものに、絵葉書があった。「旅情画集 鳥海山麓線おばこ号物語」と題した絵葉書集は、四季折々の自然の中を1500形の走る様子が描かれていた。良い記念になるし、このハガキで便りを書こう、大学時代の友人の郷里がここ矢島なので、久し振りに便りを出そうと思う。
矢島駅にて
 羽後本荘を出てちょうど40分、まごころ列車は終点矢島駅に到着した。おばこアテンダントがドア前で見送ってくれる。せっかくだからと記念撮影をお願いすると快く笑顔で引き受けてくれた。おもてなしの心を忘れない鉄道だ。
 改札を出ると、今度は売店でお茶のもてなしを受けた。品の良い白髪の女性が、いろいろ世話を焼いてくれる。その奥がおそらく本社なのだろう。「地元の人が好むようなお酒はありますか」と尋ねると、「ここには置いてないんですよ。駅前の広場を突っ切ると蔵元があって、そこで販売しています。美味しいお酒ですから」と教えてくれる。友人はまさに酒豪で、彼が好んで呑んだようなガツン系の日本酒を試してみたかった。
矢島駅全景
 駅から一番近い天寿酒造はすぐに見つかった。残念ながら地元の人が好むタイプは一升瓶しかなく、さすがにそれは断念して、持ち帰りやすい小瓶の吟醸酒を購入して駅に戻った。酒蔵は他にもあるが、次の列車の時刻が迫っている。
1500形
 旧矢島駅は3年ほど前に解体され、現在はお洒落な駅舎に生まれ変わっている。駅前は広々としていて、ちいさな町ながらも整っている。地方が衰退していく中で、おそらくここも苦労が絶えないに違いない。経済効率優先の中にあって、東京への一極集中に拍車がかかっているが、いつまでもこの国がこんなことで良いわけはない。秋田県は子ども人口の減少が最も激しいところだが、レベルの高い教育で見直されている県でもある。この町にも頑張ってもらいたいなとつくづく思う。
 駅の片隅に最古参の1500系が停まっていた。絵葉書の中の<ゆりてつ>を代表する列車である。更に帰りの列車は赤い2000形だった。在籍するすべての種類の車両に出会うことができた。これで思い残すことはない。
 秋田県を走る鉄道にはこれですべて乗り尽くすことができたが、鳥海山が綺麗な時期にもう一度訪れたいものだ。それがいつになるかはわからないけれど、由利高原鉄道鳥海山ろく線は、また忘れられない鉄道のひとつになった。
(2014/8/28乗車)

注)観光客を呼び寄せるための企画列車「まごころ列車」に乗るには、秋田9:42発の普通列車か酒田9:40発の普通列車に乗らなくてはならず、観光客が利用しそうな特急いなほには接続していない。東京からは新幹線こまちに乗っても間に合わない。たまたま青森を早朝に発ち、普通電車を乗り継いで来たら、ちょうど良い時間になったのである。観光客誘致のためなら、運行時間の見直しが必要だろう。


 

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