だから断固廃止すべきである、ということで全国各地で活躍していた路面電車が、次々に廃止された。それはそれで理に叶ったことであろう。しかし…である。今なお元気に走り回っている路面電車がある。それが広島電鉄だ。
路線図 |
格の違い①・・待たずに乗れる
グリーン・ムーバ-・マックス 広島電鉄・広島駅 |
JR広島駅前の広場にある路面電車の広島駅には、新旧さまざまな電車が出入りして見飽きない。わずか3線分しかない手狭なホームに、平日の8時台には4方面に向かう34本もの電車がひしめき合う。路面電車の宿命として、ダイヤ通りには決して運行できないだろうから、折り返し作業を行いながら方面別に電車を捌くのは神業ではないかと思うのだが、そこには良くできた工夫注あって、混乱することはない。
続行運転 猿猴橋停留所 手前は3000形連接車。後方は5100形 グリーン・ムーバー・マックス |
広島駅に入ってきた電車は、一番奥の3線ある行き止まりまで行って乗客を降ろす。5号線の電車はJR側の行き止まりで乗客を降ろしたら、乗客を乗せて発車を待つ。それ以外の電車は道路側の2線のいずれかで乗客を降ろしたら、5号線の前に移動して乗客を乗せる。つまり、5号線とそれ以外を直列に並べて、手狭な場所だが方面別乗車を可能にしているのだ。徹底したフリークエント・サービスをによって、待たずに乗れる路面電車の運行が保たれている。
格の違い②・・不易流行
京都市電 横川線 |
広島電鉄では現在も被爆電車が運行されているが、それ以外にも懐かしい電車がはしっている。大阪市電と京都市電だ。いずれも昔のままの塗装なので、さながら動態保存博物館のようだ。
今から40年以上前のことになるが、高校の修学旅行で京都を訪れた際、七条大橋で撮った写真の片隅に京都市電が写っている。新幹線には興奮しても時代遅れの路面電車には全く興味がなかったので、乗ってみようなどとは思わなかった。残念なことをしたと思う。
大阪市電 横川停留所にて |
路面電車に関心を示さなかったのは、中学校時代に都電で通っていたということもある。余りにも日常的なことだからその大切さには気付かないものだ注。大阪には行ったことがなかったので、大阪市電の記憶はない。
【注】後悔しているのは当時の定期券を処分してしまったことだ。定期券には路線図が記され、乗車区間を線で示すようになっていた。1968年〜1970年は廃止のピークを迎えた時で、毎月定期券からは路線が消えて、次第にまばらになっていた。残しておけば、貴重な資料となったはずである。当時の私には古いものが滅びていくことには全く関心がなかった。未来がバラ色に見えた頃の記憶である。
鉄道遺産を大切にする一方で、積極的に先進的なLRVを数多く導入するのも、広電の大きな魅力の一つだ。
3900形は平成2年にデビューした 連接車。 |
ヨーロッパで発達したLRVは、超低床構造で市内電車としてうってつけであるばかりでなく、高出力の電動機を搭載しているために郊外電車としても通用する優れもので、路面電車と宮島線を併せ持つ広島電鉄にぴったりの電車である。平成11年ドイツから空輸されたのが、グリーン・ムーバこと5000形電車である。シーメンス
5車体連接車の5000形 グリーン・ムーバー |
その後、純国産LRVを目指して開発されたのが、5100形グリーン・ムーバー・マックスである。近畿車輛・三菱重工業・東洋電機製造の3社と広島電鉄が共同して開発し、平成17年にデビューした。現在広島電鉄では5000形が12編成、5100形が10編成運行されている。
国産の5100形 グリーン・ムーバー・マックス |
格の違い③・・二つの世界遺産を結んでいる
写真左側すぐの所に電停がある |
被爆地広島には日本人ばかりでなく数多くの外国人観光客が訪れる。ことばに不自由な彼らも、一日乗車券を購入すれば、路面電車を使って気軽に移動ができる。私が訪れた1月6日は、平和資料館の来館者のほとんどは海外からの訪問者であった。
市内から安芸の宮島へは、広島電鉄圧倒的に便利である。スピードこそJRには叶わないが、繁華街や原爆ドームから乗ることができる利便性、そして本数の多さ、どれをとってもこちらを利用したくなる。
JRのフェリーから |
通勤通学客だけでなく観光客を取り込めるというのは、鉄道会社にとっては圧倒的な強みとなる。宮島口に着いた観光客は、そのままグループ会社の宮島松大汽船で厳島神社に渡っていく。実は並行して運行されるJR西日本のフェリーの方が、大鳥居の前を通るなどの演出があって面白いのだが、そのようなことは知らない観光客は一日乗車券を利用して松大汽船の乗客となる。
格の違い④・・マニアックな面白さ
架線に注目! 手前は例外的に直接吊架式だが、 そこ以外はすべてシンプルカテナ リー方式。 |
通常、速度の遅い路面電車の架線は1本で済ませることが多い。費用も比較的安価で済むからである。これを直接吊架線方式(ちょくせつちょうかほうしき)という。法律上簡易鉄道の扱いの「軌道」では、どこもこの方式を採用している。JRでも新潟の弥彦線のようなローカル線でも採用されている。
ところが広島電鉄の架線はシンプルカテナリー方式という本格的な架線方式をとっている。こちらは高速にも耐える構造だ。電鉄を名乗るだけあって鉄道会社の矜持を感じる。
複雑な路線を持つだけあって、分岐や合流が多いのが広電の特徴である。果たしてポイントの制御はどうなっているのだろうか。そう思いつつ土橋停留所であたりを見回しているうちに、懐かしいものを見つけた。かつて東京にもたくさんあった路面電車のポイント切り替え施設である。交差点の片隅の高い位置から、やって来る電車の行き先を見ながらポイント操作をしていたものだ。今はカーテンが降ろされている。今時人件費のかかる係員など配置できる余裕はない。
とすれば、ICT全盛の時代。フルオートのコンピュータ制御かと思えば、もっと手軽で安価な方法だった。これが面白いほど、単純で効率の良いシステム、否、仕組みだった。
土橋停留所からは二方向に分かれ、江波行きは直進し、西広島・宮島口方面は右に分岐する。電停の路面には、手前に「江」、その先には「己」と記され、それぞれに白いラインが引かれている。ポイントはその先にある。これは行き先別に停車位置を変えているのだ。西広島は別名己斐(こい)という。
架線に注目すると、パンタグラフが通過するとそれを感知するスイッチがいくつか付いている。つまり停車位置によって一定時間に叩くスイッチの数が異なり、1個だったら江波、2個だったら己斐と判定し、ポイントを切り替えているのである。なんとシンプルな、そして確実な運行制御だろう。アナログもまだまだ捨てたもんじゃない。
格の違い⑤・・おまけ
横川線横川駅 |
路面電車の駅がお洒落になれば、街はもっと元気になれる。それを実現しているのが広電だ。JR横川駅は山陽本線と可部線の分岐駅であり、そこと直結している広電横川駅は市中心部へ向かうターミナル駅なのだが、そこが実に良い駅なのだ。若いカップルの待ち合わせにだって利用できる空間になっている。そこにレトロな市電がやって来る。
松山と結ぶフェリー乗り場、宇品港にある広島港駅も瀟洒な雰囲気の路面電車離れした素敵なターミナルだ。ここもレトロな市電とのミスマッチがとても楽しい。
広島港駅で出発を待つ旧京都市電 |
広島電鉄は、他の追随を許さない偉大な路面電車と言っても過言ではない。実に面白いのである。
(2016/1/6乗車)