北海道・行ったり来たり真ん中の旅ノート
深川 → 旭川 8/22 晴れ
先頭車窓を楽しむ。JR北海道は前方風景を楽しめるのがよい。スーパーカムイ?号は深川を出るとまずは真っ直ぐな線路が続く。そこを120キロで疾走するのは気持ちよい。線路がしっかりしているし平坦で、走るのは絶好の場であるが、鉄道特有のわずかに蛇行運動するのがわかる。この動きを抑えないとその上のスピードは出せないのがわかる。石狩平野の端に近づくと、レールは大きく右に曲がり山並みの中に突入していく。トンネルの手前ギリギリのところで制動がかかり100キロまで減速する。トンネル内で高速走行中に石が舞い上がり、窓ガラスが割れた事故への対応だそうだ。各駅に列車遅延の貼り紙がある。原因不明のため、対策がたてられるまでの措置だという。何本かあるトンネルでは、バラストの上にシートを張り、重しが置かれて飛散防止が図られていた。それでも100キロ走行である。
今回前方で初めて知ったのは、トンネル内での濃霧である。中間あたりで前方視界が突然悪くなる。(霧の)固まりがあるのだ。でも減速はしないので、ちょっと不安になる。運転手の方が暗い中前方にいるので見えるのだろう。
旭川が近づく。すっかり変わっていた。(駅舎は)木と白い鉄骨とガラスのオブジェである。市民の寄付を募ったのか、壁面の木のパーツ一つ一つに名前が記されている。僕も参加したかった。
旭川 → 新得 8/23 曇り時々小雨
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富良野駅で |
高校生通学列車。(旭川を出て最初の駅)神楽岡からは女子高校生が明るく元気に乗車してきた。そのあとをぐずぐず乗ってくる男子高校生。次の緑ヶ丘あたりは町並みが雑然として人口が多いのがわかる。この駅でも男子高校生は女子高生のあとから乗車。どこへ行っても、元気なのは女子。近頃の男子はどうなっているのかと改めて思う。
旭川から離れるにしたがって、町並みが良くなる。西御料で高校生16名が下車し、別の高校生13名が乗車してくる。がらっと雰囲気が変わり、女子5名は席に着くなり携帯とゲームで楽しみ始める。だいぶ校風が違うようだ。
車窓には田圃が広がる。西瑞穂・西神楽、いかにも日本的というか神話的な地名が続く。出雲あたりからの入植者が多かったのだろうか。
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広内信号場 キハ40 |
千代ヶ岡。このあたりは稲と蕎麦が多い。丘が多くなってきた。山も少し姿をあらわしてくる。千代ヶ岡から峠を下り北美瑛へ。いかにもそれ美瑛っぽい丘、つまりCMで取り上げられるような風景が広がってきた。美瑛駅は石積みでカッコいい。さすが有名観光地。この美瑛ではすべての高校生が下車し、替わりに観光客が乗ってくる。8:21、観光開始時間なのだろう。
富田ファームの前を通って、富良野へ。ここでは20分停車。列車を切り離し、この先は1両になる。17名乗車している。雨が降り始める。旭川からの富良野線はここまで。ここからは根室本線だ。本線とはいいながら、根室本線を走り通す列車はない。始点の滝川から新得までは完全なローカル線であり、優等列車は走らない。釧路から根室の間も快速はあるが、あとは各停だけ。
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西新得信号場 283系 |
空知川から金山湖、落合で旧線と別れ右にカーブしつつ日高山脈に穿たれた新狩勝トンネルに突入する。トンネル内で石勝線と合流、交換施設も完備した落合信号所がトンネル内にある。トンネルを抜ければそこからは十勝平野である。列車は緩やかな大カーブと穏やかな傾斜で造り直されたルートに沿って、ゆっくりと新得の町へ下っていく。かつては日本の三大車窓の一つに数えられた旧狩勝峠にも近い。標高差およそ200mをとてつもなく大きなS字カーブで下る。途中いくつもの信号場があって、車両交換も頻繁に行われる。
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新得駅 261系 |
新得 → 追分 8/23 曇り
新得の蕎麦屋「みなとや」に寄る。冷酒でほろ酔い気分。居眠りしながら追分まで。ということで記録なし。
追分 → 岩見沢 → 追分 8/23 曇り キハ40 1788
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岩見沢駅 |
さて、この室蘭本線、なんとも時の流れに取り残された感がある。土地も豊かに見えない。石狩平野の向こう側に、日本海側の山並みが見える。岩見沢駅は美術館のような美しいデザインだ。JR北海道の新しい駅はどこも意匠を凝らした素敵なものが多い。(このあたりの)室蘭本線は忘れ去られた、見捨てられた鉄道なのだろうか。
岩見沢から一駅区間は北海道らしい豊かで伸びやかな風景が広がっている。よく整地された牧草地と田圃、小じゃれた建物。ところがそこを過ぎると風景は一変する。そこかしこの農家は今も生計を立てているのだろう、醗酵した牧草から漂う強烈な酸っぱいような匂いが漂っているのだが、手入れを忘れた土地が多く、荒廃しているのだ。しかも、途中からは非電化複線という日本離れした風景で、まるでイギリスの鉄道を見ているかのようだ。炭鉱時代の名残なのだ。それが今は使われぬまま放置されている。
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室蘭本線(左)と石勝線 |
追分は、かつて鉄道の町だった。駅前東側は住宅地が広がり、西側は広い構内のむこうは荒野に見える。そこに室蘭本線と石勝線が同居している。室蘭本線は堂々とした複線だが、線路は赤茶けて枕木に犬釘で固定されている。歴史を感じさせるつくりだ。一方、石勝線は単線ながらコンクリート枕木と重いレールを用いた高速対応となっている。
追分 → 夕張 → 新夕張 → 札幌 8/23 曇り
夕張線は廃墟の中を走る。かつてそこにはたくさんの人が暮らしていたが、今は人の住まない集合住宅がたくさん点在している。シャッターの降りた商店、レールを外されて空っぽになった異様に広い構内をもった駅、あこには今はめったに閉まらない踏切や長い長い屋根付き横断歩道橋など、すべては炭鉱列車が頻繁に通っていたころの施設なのである。ここでは風景が化石化している。
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夕張駅 |
しかし夕張駅前には、これまた異様に小じゃれたホテルがでんと建っている。今どき観光客は鉄道を使わずバスでやってくるのだろうけれど、果たして部屋は客で埋まっているのだろうか。夕張市は財政破綻団体だったはずである。
駅隣りの店で、夕張メロンジュースを飲む。500円也。メロンがたっぷり入って大変おいしい。ただ店の人によれば、夕張メロンはほとんどが東京出荷されてしまい、地元には残らないのだそうだ。旬は5月から7月、このジュースも今季最後だそうな。ラッキー!
乗車してきた気動車で新夕張へ。ここで特急に乗り換え、札幌へ行く。
宿泊は大通公園のビジネスホテル。夕食はラーメン横丁へ。
札幌 → 千歳 → 追分 → 苫小牧 → 函館 → 新青森 → 上野 8/24 曇り
札幌駅は見違えるばかりに美しく立派になった。京都駅に引けを取らない豪華な造りである。北の玄関駅の名に恥じない意匠だ。
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Furico
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でも個人的な好みを言えば、真黒く煤けたホームの方が気に入っている。気動車特急を数多く擁するから、天井や柱は真黒なのだ。こういうところは英国に似ている。電車は静かに出発の時を待つが、Furicoは轟音をまき散らしている。朝だけに、ビジネススーツに身を固めた人が多く乗っている。
7:41千歳発追分行キハ40 1715はJK・DKで満員だったが、急にぞろぞろと降りていく。7:25発手稲行に乗り換えるためだった。つまりこの車両はここまで高校生を運んでくるためにあり、これからはまるで回送列車にように私を追分まで運んでいくのだった。今回3回目の追分。ここから苫小牧まで室蘭本線完乗の旅が続く。
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