修行のような
未乗区間はあと2つ、最後に残ったのは札幌の市電と地下鉄だ。地下鉄は3路線あるので正確には4路線なのだが、この際一括りで考える。正直言って乗りたくて乗るのとはちょっと違う。たいへんバカバカしい話だが、完乗のために乗らなくてはならないという、<悲壮感>あふれる話であり、まさに修行のようなものなのだ。
まず、地下鉄から片づけよう。
札幌の地下鉄は、南北線・東西線・東豊線の3路線が大通を乗換駅として6方面に広がっている。これが厄介で実に攻略しづらい。行って帰ってこなくてはならないから、結局すべて往復する必要がある。しかもほとんどが真っ暗なトンネルの中だ。乗る前からうんざりする。
南北線(さっぽろ→麻生-14.3km→真駒内→自衛隊前→すすきの)
緑豊かな真駒内 駅の前方にはシェルターが続く |
その年の夏は、涼しいはずの北海道がとても暑く、ほとんどの鉄道には冷房がなかったので、気動車や蒸気機関車中心の旅は随分しんどかった。そのような中、札幌地下鉄の各車両には風鈴が吊り下げられていて、涼を呼んでいるのが爽やかで印象的だった。あのころの緑色の車両は既にみな廃車となったが、冷房が装備されていないのは今も同じだ。でも風鈴は吊されていない。大都市札幌の混雑状態から見れば、仕方のないことだろう。
自衛隊前にて |
札幌市交通局路面電車(すすきの→ロープウェイ入口→西四丁目8.4㎞)・・残り2つ
市電にはかつて乗ったことがあるような気もするが、記憶がはっきりとしない。観光客にとっては藻岩山へ行く際に利用する位しかないので、登ったことのない自分には利用した理由は見当たらないのである。この際だからついでに藻岩山にも登っておこう。少しはモチベーションを上げようという作戦だ。
札幌の市電は始点と終点とがわずか400mしか離れていない。近い将来、かつてそうだったように、再び結ばれるという。そうなれば環状運転が可能となり、利便性が増すだろう。しかも低床式の新型車両も導入した。今なにかと話題の路面電車なのだ。
眼下に札幌の街が広がる |
藻岩山ロープウェイ・もーりすカー
もーりすカーは ケーブルの一種 |
市電 |
東西線(大通→宮の沢-20.1㎞→新さっぽろ)
地下鉄乗車を再開する。次に目指すは東西線の宮の沢である。3路線の中で最も長い東西線の走破がもっとも憂鬱だった。5時を過ぎ、ちょうど帰宅ラッシュが始まったところである。目の前に座ったのは、札幌の名門私立の中学生3人。なかなかしつけもよろしい感じで、スマホでゲームをする高校生とは明らかに違う。駅に停まるごとに別れを告げて行儀よく降りて行った。
琴似を越えて終点は宮の沢。ここでも改札口を出て、動く歩道付きの長い地下道を通って、ようやく長いエスカレーターにたどり着き、地上に出る。そこは大きなビルの一階に設けられたバスターミナルだった。人々がここからバスに乗り継いでいく。札幌は大きな街なのだ。通勤通学も楽じゃない。
また引き返して、新さっぽろ行に乗る。ガラガラだった車内も大通公園からは混雑してきた。それにしても、なかなか終点には着かない。飽きてきた。新さっぽろから大通に戻るのが苦痛になってきた。修行だと自分に言い聞かせても、我慢の限界である。片道だけなら我慢もする。往復はうんざりだ。その時、新さっぽろからはJRで札幌に戻り、そこから最後の東豊線に乗ればいいことに気付く。外は暗くても景色は見える。早速このアイディアに飛びついた。
JR(新さっぽろ→札幌)
新さっぽろはすべての特急が停まる主要な駅である。ちょうど新千歳空港発旭川行の快速がやってきた。札幌からは特急スーパーカムイ37号になる列車なので、3扉車ではなく、2扉の特急電車車両である。途中駅には停まらない。混んではいたがデッキで過ごす。夜のとばりが降り始めた札幌の町を猛スピードで突っ走る。車端のため揺れもひどい。ふと保線状態は大丈夫かと頭をよぎる。無事札幌駅に到着する。
東豊線(さっぽろ→栄町-13.6km→福住→さっぽろ)・・ついに最後の1路線
福住駅にて |
そしてついに完乗の時は来た。電車が福住に到着し、重たい頭で特に感慨もないままにふらふらと改札口を出る。地上に続く通路を歩きながら、何となく色とりどりの壁を眺め、ふとその刺激の中でこれは何だろうと貼られたポスターのひとつに目が留まった。この地上に続く地下道はポスターや旗で飾られていたのである。それを見て、ここが日ハムファイターズとコンサドーレ札幌の本拠地、札幌ドームの最寄駅であることを初めて知った。試合のある日はファンやサポーターの熱気でいっぱいになるはずの連絡通路には、選手たちの写真がたくさん飾られている。エスカレーターに乗るとイトーヨーカドーの入り口があり、大きなショウウィンドウにはコンサドーレのユニフォーム、Tシャツやグッズが所狭しと展示され売られている。福住は祝祭の街であった。フィニッシュを迎えるのにこんなにふさわしい駅はない。色とりどりの飾りを眺めながら、じわじわと湧き起こる達成感に浸ることができた。